アートとゴミの境界線  (温厚なる紳士淑女の選ばないタイトル)

 

走辺憲史

 

 

              (刀はあまり大上段に構えると、肝心の胴をなぎとられてしまう。それで普通の精神状態の人は「アートとゴミの境界線」などという隙だらけのタイトルはあまり選ばない。だがまあ、やってみましょう。アートとゴミの間に境界線等あるのか。無いのか。あまり無いでしょうという危ない趣旨で以下書きます。)

 

              先日、日曜美術館というテレビ番組で東山魁夷さんをとりあげていた。静謐な北欧の景色をブルーの大画面に展開している。その世界には惹かれる人々は多いのではないか。自分も好きな作家の一人である。そこでまず思ったのだが、これは成功した絵画なのか、それとも成功したイラストレーションなのか。イラストレーションと絵画はその目的が当初から少しばかり違うわけだ。その目的の違いをここで述べてみる気はないが、アートにはこんな美しさは求められていないし、こんな洗練もふつう求められていない。ではアートはこんなに美しくてはいけないのかと逆に問われれば、いや、そういうわけでもないのだけどと、あいまいな返事となる。明解な返事はむずかしいが、東山魁夷さんは、人受けしすぎるのだ。これで大家になってしまったのだ。彼の作品は非常に上品なのだが、おかげで消えてしまったのがアートのもつ、いわば、えげつなさだ、おっちょこちょいさだ。もっといえば、東山魁夷さんの絵はいわば、塩を全然使っていない夕食のようである。あまり食った気がしないのだ。

              ここで、本題にはいると、もしも、この彼の大画面が我が家の壁のどこかにすえつけられていたら、どうなのだろうか。自分はいつまでも好きでいられるのだろうか。いつまでも、絶対飽きないとはいえない。いつか飽きるだろう。たぶん飽きる。あるいは、飽きないまでも目に入らなくなるだろう。そのうち、無視してその絵の前で、犬でもなぜているだろう。あるいはここを引っ越して、家を人に貸した場合、借りた人は、「大家さん、この壁の絵はのけていい、あまり好きではないのよね」というかもしれない。そうするとこの絵は、その日に絵画/イラストレーションから、ゴミに転落する。(ここでは仮に、もう誰も振り返らなくなったものは、ゴミとよぶ)

              壁画、あるいはそれに準ずる大画面についてもっとのべてみよう。ヨーロッパではそれらが町にあふれている。その溢れている画面を見ていると、単純な疑問が湧いてくる。つまり、誰かに大きな壁画を描かせて、何百年もそこにとどめておく、ヨーロッパ人というのは、我々とはなにか異なっているのだろうか。飽きというものの全然こない人々だろうか。それとも鈍感か、神経のすり減った人々だろうか。なにやら欠陥人間の群れではないのか。それに誰々に壁画を描かせようという、最初の神経もおかしいといえば、おかしい。人は飽きる動物だという事を忘れている。壁に描きこまなくても、普通の絵画なら、かけ替えればそれで済む.しかし好んで、壁画などというのをしつらえる。絵かきの側から見て、末代まで残る作品というのは魅力だろう。スポンサーにとっても「レオナルドだぜ、、、ダヴィンチだぜ、、、」とほほえむのも悪くない。だが、レオナルドだって剥げてくるし、彼の絵の具は実に質が悪かったようだし、フレスコも、何か成功しなかった。油絵の画質は今見ると、暗くて、うっとうしい。それに結構ふゆかいな画面も多い。ダヴィンチの絵であれ、毎日みているのは憂鬱ではなかろうか。

              我々はアジア人だ。「行く川の流れはたえずして、、、」のほうの人間だ。こたつにみかんのほうの人間だ。流しそうめんに、俳句に、たなばたのほうの人間だ。東山魁夷さんの上品さにも飽きるけれど、レオナルドの気味悪さにもまた、日々つきあえば、絶対飽きる。もっといってしまえば、レオナルドだって決して絵はそんなにうまくはなかった。うまい、へたは、単にテクニカルな話だ。例えば、モナリサ (ジョコンダ)を模写してみればすぐにわかると思うが、カウンターリフレクション等に、ほとんど眼がいっていない。皮膚から皮膚への乱反射等の事だ。胸の皮膚に当たった光が、首からあごにかけて、ふつうは乱反射する。そういった事に目が届いていない。複雑な写真のライテイング テクニックになれている現代の我々にとっては初歩的なオミッシヨンといえる。 ついでにいえば、皮膚の張り,照り、質感、また透明感など描き切れていない。立体の陰影ぐらいですませてある。ジョコンダの保存状態もずいぶん悪いから、勿論、始めはもっとよかったのかもしれないが、

              世の名作も一枚返せば、世の中のごみかも、いう例をもうひとつ見よう。オランダで生まれ青春時代を過ごした、ヴィンセント ゴッホは色々な事情で故郷にいたたまれなくなりフランスに逃げた。そのとき何百枚か知らないが、ゴッホは描きためた絵画を母親に託した。母親は置き場所に困ったかなにかで、それらを捨てたり、あげたり、どうにか処分したという。ゴッホの母親にとっても、息子の絵画はゴミだったのである。我々、アーテストの母親達は、ゴッホの母と同じ立場になれば、まちがいなくまったく同じ選択をするだろう。母親がそうしなくても、親類のおじさんが「なんやこれ、すててまえ、そうするしかないやろ」と助け舟をだすだろう。 特に家の改築の際等に、ゴミトラックが来て、「ついでにこれもな、」と片付けられる。

              視点を少し変えて述べるのだが、自分が大学生の頃、アーテストがアートの結果として、作品を残すのは陳腐ではないかという意見がはばを聞かせていた。コンセプチュアル アートの時代だ。ある友人はモハベ砂漠に火のついた炭で何カ所か小山を作り、それを夜、飛行機より撮影して、「砂漠に絵を描いたのよ」と楽しんでいた。また別の友人は、ロスアンゼルスからサンフランシスコまでの飛行機の切符を買い、往復だけして来た。「サンフランシスコで、何かしてきたの」と聞いたら、「いや、なにも、、」といった。何かというと、「カリフォルニアの南北に一本の長い線を描いて来た」ということらしい。アートがもう、古い封筒である美術館というものに入りきれなくなっていた。そういったコンセプチュアル アートの作品で好きだったのは、ある作家が、村の小さな教会にむけて二メートルおきぐらいに一対の長靴あるいはブーツをならべていった作品だった。意味等詮索しなくていいのだろうが、教会に向かう、人の入っていない長靴の列がなにか笑わせた。こういった作品や、友人達の作品は、事が終われば、あとは除けなくてはいけない、いわばゴミだ。メッセージは何であれ、作品は始めから、たぶん拾って来たブーツ、というゴミで出来ていたのだろう。この場合、アートの済んだ後、そこでゴミになったのとは少々事情がちがう。はじめもそうだったのだ。

              ヨーロッパの壁画とコンセプチュアル アートの違いは、後者のほうが後片付けがずいぶん楽だということだ。だいたい30分もかからないで済んでしまう。つまりゴミに対する態度がはじめから明白な事だ。絵の具は高価でも、ゴミは高くない。キャンバスに描くわけではないから、絵の具も買いにいく気もない。ゴミはそのへんにあるから、同じようにアートもそのへんにあってよい。そのへんにあってよいけれど、来週になったら、たぶん自分でもすてに行く。傑作意識,作家意識等、すでにへらへら飛んでいってしまっていた。作品を後に残そうという気などあまり無い。作業の記録はとっても,自分に対するメモがわりだったりする。あるいは仲間内で「これやったのよ」と見せるくらいだろう。

              人がすぐに飽きる動物だという事をいままでの美術史は無視してきた。無視したうえで、それでもこれがいいとか、悪いとか、傑作だとか、駄作だとかいってきた。つまりそこには西洋風の作家尊重、「美の殿堂」的コレクターの視線、成功した美は集められるべきものだという、文化保護意識、いろいろな、わかるようなわからないようなしがらみが交錯していた。そこには原始的、無知な人々のアートとか、文化的に発達した人々の(例えばヨーロッパ)のアートとか、つまり、アートは進化するものであるとか、進化が見たかったら、我々のアートを見なさいとか、アートは知的なものの結晶だとか,なんとか、なんとか、いろいろな意識が漂っていた。

              (これは、どこかに白人、男的、所作だとか書いてあった)

              人はすぐに飽きる動物だという視点から見ると、アートは基本的に一過性のものでいいのである。そこには大成功も、小成功もあまりない。アートが作家意識から解き放たれると、明日はごみになろうと、なるまいとどちらでもよい。アーテストも今はもう心得ていて、アートが明日の朝はゴミなら、はじめからそのつもりで、さあやるぞと、アートしてみる。展覧会などというのが趣味でなければ、ゴミの山の中で、一日、一人遊びをする。

              (そういえば、夢の島というのが、ある町にあった)