アートスケープ  

 

走辺憲史

 

              サイエンスという言葉がある。 狭い意味では、新しい知の領域を開く先端科学をサイエンスという。そういった新発見を、ではどう使えるのかと地上に引き下ろしてみるのをアプライド サイエンスという。応用科学ともいう。テクノロジーもそこに入る。例えば宇宙の事等研究していて、何かを純粋に知りたいという立場は必ずしも何かを役立てたいという立場とは同じではない。純サイエンスという言葉は無いが、サイエンスと狭い意味で言えばそういう事になる。そういう事になるのではあるが少しばかり問題もある。実際にはそのボーダーは曖昧でもある。昔は鉛筆一本で物理学が出来たそうだ。だが今は何百億もかかった実験装置等を使う。つまり金のない所では先端科学はなりたたないようだ。だから、金のあるところを探していくと、テクノロジーも応用科学もごっちゃまぜであり、こういった線引きはかなり無意味ともなっている。

              ただ、科学には理屈の上で、そういった基本的態度面でのあるいは出発点としての違いがあってよいわけだ。それがそのまま、美術にもあてはまると考えられている。純美術と応用美術の違いである。英語のファインアートとアプライドアートの違いである。ファインアートとは別にファインではない、すばらしいアートなのかと誤解されては困る。すばらしい事は何もない。ただ純科学のように知識、感覚、知の領域を拡げるようなフィールドであるという事になっている,あるいは、そうありたいという望みである。何か役立てようとか、商業的成功のために感覚を狭くしたくはないという基本的立場である。

              つまり、純美術というフィールドは、だいたい役に立たないし立とうとしていない。概してゴミの製造者である。儲からないし、人に褒められる事も無いだろうし、馬鹿にされてばかりいる、かなり寂しい業種である。この純美術という 立場は少し考えてみれば 結構めんどうなものだ。純美術が純化学のように〔発見/気づく事〕を目的とする作業であれば,昨日発見した物を,今日また発見する事はあり得ない。つまり、発見の繰り返しは無いのだ。リピート無しなのだ。

              つまり普通考えられるように,あの人は有名な絵描きだ、だから純美術の人だろうと思うのが怪しくなる。ギャラリーでたくさん絵が売れている。あれはプロに違いないというのも怪しくなる。つまり絵描きはみんなアーテストだろうと思いがちだが、どうもそれは純美術ではなく、応用美術,つまり,商品造り 売り絵屋さんということになる。どうだ、話しが面倒になってきただろう。売り絵屋さんが売れ筋の絵を十枚描いたら、はじめの一枚は純美術となりうる可能性があっても次の九枚はただのコピーとみなされる。しかし,少しおおらかに言えば、あるアーテストの作品群,全部まとめて、この人のやっていることはなにやら、ただごとでない。その作品群を純美術と、みなすことも可能であろう。だが,基礎の態度として、昨日と同じ事を今日もやって純美術というのは言えなくなる。つまり、一度見つけた売れすじの作品を60年繰り返すのはくたぶれることだし、面白くもないことだし、狭い意味では,アートでもなんでもないということになる。少なくとも純美術ではないわけだ。

              かって,岡本太郎さんが、絵はうまくあってはいけない、きれいであってはいけない、ひとに好かれるようなものはだめ、とか書いたのは、非常に解りやすい。そして正しいメッセージであった。これらは、普通人の目にとって見慣れたもの、簡単に喜べそうな物、ひとめ眺めて心地よいものがアートであるはずがないという事だ。アートにいままでにないものが盛りこまれていれば、当然、抵抗,嫌悪感などある。太郎さんの純美術の立場での発言であった。繰り返しアートの否定だった。

              ではデザインではどうなのか。デザインが全部商業活動というわけではなく、デザインを純美術としてやっている人々もいるのだ。皆が商品づくりをしている商業デザイナーと思ってもらっては違うのだ。純美術のデザイナーがいる。工芸家もいる。ファッションの人もいる。これはどうやって生活費を稼いでいるのかという話しではない。どこで稼ごうとそれはかまわないのだ。幾ら金持ちでもべつにかまわないのだ。幾ら貧乏でもべつにかまわないのだ。

           写真を考えれば一番解りやすい。祭りを写した素人のスナップ写真がある。祭りを写した報道写真がある。祭りを写した観光ポスター用の写真がある。祭りを写した学術写真がある。祭りを写した純美術としての写真がある。これらは同じような写真であり、うまい下手でもなく、道具も似たり寄ったりである。一番いいカメラをもっていたのは町内会の商店主であったりする。しろうとの記念写真が何百万円のカメラでとられていてもいいのだ。純美術が使い捨ての安カメラでもいいのだ。これは単に出発点と目的の話しなのだ。視点の違いとも言える。最後の作品はほとんど似たような物かもしれない。上手下手では勿論無い。

              では、どこが違うのだと、もういっぺん聞かれると、曖昧かもしれないが違いは

「知の領域」を広げているようなものなのだといえる。もっとわかりやすくいうと「えーそうなの」とはじめて気づかされるような資質をもっているということだ。そして、二度煎じのものは駄目なのだ。

             

              自分の事を書くと、若い頃絵を描く事に興味があった。美術学校にいこうとした。それは学校嫌いで、実に学業成績が良くなかった事にも大きく由来する。そちらが主であったかもしれない。しかし,実際には大学での専攻はデザインをやった。純美術としてのデザインである。そんな学部があるのかと思われるかもしれないが、あったのだ。そして、大学をでてしばらくしての事であるが、興味をもったのはアートとしての景観だった。日本人の得意な職人芸の極地のような日本庭園(職人庭園)には興味なかった。彫刻の学生達のように、街の広場に自分の彫刻とか,インストレーションを置きたい等とも考えなかった。あいそに欠ける、禅庭園等は好きだった。それらは職人芸でもなく、売り絵の世界でもなかった。坊主達の気まぐれみたいな世界だった。アートの動機と近かった。

              また、それらには関係なく、どちらかというと田園風景など好きだった。風景として、ここに寺を置くのはもったいないとか、港湾設備はどうしたらもっと面白くなるかとか考えていた。人の作る街というのは、どうしてこんなに救いようが無いのかと考えた。なぜ人々は蚕棚のようなアパートに住まなくてはいけないのかとか考えていた。水が浜の白砂にぺちぺち動いているのが好きだった。環境意識というのではなく、まったく個人の趣味の範疇であった。しかし,自分で広い土地をもっているわけではないし、何億かの金をどこかに隠しもっているわけではない。キャンバス一枚なら、買えるだろうが、1000エーカーは買いにくい。美術館も1000エーカーはくれないだろうし、何度お願いしてもその上に何か作る費用などくれないだろう。美術館がくれる程度の金で雑草を縄でくくって、「はい、アートです」等とやる気は無かった。ぽんこつ車を三台重ねて「チョーコクよ」という気もなかった。

              そういったことで、手段として,ランドスケープアーキテクチャーに入っていった。しかしこの世界も学校出たての者に,それでは500万ドルやろうとはいわない。なぜかそうなっている。そのころ、実際に5000エーカーの設計仕事もしたけれど,それは大変,低予算の公園であった。乗馬コースや、人口のビーチなど作った。それは純粋に実用の世界であった。ある設計事務所で経験を積み、後に自分の事務所を開いた。自分の事務所を開いたら誰かが1000エーカーくれるかというと,そうでもなかった。色々策略はしたが、どうもアートを仕込むほどのプロジェクトはなかった。そういった予算も、賛同もなかなかとれなかった。

              それでは100坪ばかりの小庭園なら、なにか仕組めるのではないかともおもえるが、それもまあ,なかった。いつも求められるのは無難で安全、そして人に好かれやすいものだった。 Likability, Marketability,ともいう。依頼主達は,「賞賛されるもの、安心出来るもの」を求めているのだった。じぶんは器用な方であったから,「ああそう、」と昭和天皇のような返事をして、求められる役をいくらでも演ずる事は出来た。それで生活も出来たし、大きなプロジェクトもけっこうやった。仕事も何十年も続いた。しかし、全体から見ると、器用が逆目にでたわけだ。「器用貧乏」と昔からいわれるとうりだ。器用な者は、そこそこはやれても大成はしないわけだ。自分のやったコマーシャル プロジェクトのリストは長い。しかし、元々の動機を考えてみれば、一生を棒に振ったともいえる。自分で、これはアート世界にふれているかもしれぬというプロジェクトは無いのだ。

 

それで、どうしたか。このあたりは稿をあらためる。