生きてこなかったほうの自分  (ちと不可解かも)  

 

走辺憲史

 

(アートとそのあたりについて書いています。)

 

              昔、京の街にある出来のよい学生がいた.学生といっても今とは違い大学生等ではなく、寺に所属する学生だった。学と言っても当時の事だから仏教学、詩歌、踊り、書、論、所作まで含まれたものであったようだ。それが京きっての分限者である、ある油屋(灯用)の後家にみそめられ、入り婿となる。突然になったビジネスオーナーであったが、それをかるくこなし、日本中にそのビジネスを広げていった。中年になったとき、女房をうまくいいくるめ、美濃の土岐家にこんどは侍として入り込んだ。何年かして、その土岐家をのっとり美濃の有力大名の一人となった。信長の妻、膿姫の父である斉藤道三の話しである。ここでおかしいのは道三は、京の妻を離別したわけではなく、京ではビジネスマンとして、その職務を全うし、妻にも別に不満を抱かせなかったようだし、その妻の財もうまく利用したようだ。美濃では美濃侍として、地方妻を迎え、どちらでも楽しくやっていたそうである。つまり問題なくビジネス世界と、侍世界、また知性あふれる趣味人という二重あるいは3重生活をこなしたえらい男の話しなのだ。この道三をうらやましがる男は世に多数いるだろう。

              話しは飛んで、20世紀初頭、スイスにカール ユング Carl Jung(1875−1961)という男がいた。その名は、彼の言語圏であるドイツ読みではどちらかというとユングではなくて「ヨン」と聞こえる。まあ、「ヨン様」だ。近代心理学の教祖のひとりなのだ。彼のコンセプトのひとつに(Individuation)というのがある。人がどう人となっていくのかと言った事を考えた説である。また彼はその説明に関して、(パーソナ)という言葉を使った。パーソナリテイという英語と同じ意味である。社会とか、住んでいるコミュニテイとか、家庭とかで、人はこうするべきだとか、ああするべきだとか、いろいろ身につけされる。朝、「おはよう」と挨拶するとか、男の子はスカートをはかないとか、女の子は人前であぐらをかかないとか、うんだら、うんだらあるわけである。これらのしつけ、教育、習慣づけ、等の結果をグループ全体でいうと (Socialization)ともいう。直訳すると「社会化」ということだ。その結果としてパーソナが出来上がる。人は生まれたままの、なまでどうも生きられるようになっていない。社会化をまずほどこされるわけだ。

 

              人間がこの世で生きていくためには、外界と調和していくための、その人の役割にふさわしい在り方を身につけていかなくてはならない。教師は教師らしく、あるいは父親は父親らしく行動する事が期待されている。いわば人間は外界に向けて見せるべき自分の仮面を必要とするわけであり、それが、ユングのいうペルソナなのである。(河合隼雄−無意識の構造、中公新書 1977)

 

              集団で生活する人類にとって「社会化」は、大切な生きていくための知恵である。これがあることにより、人々は快適に自分と人との距離をとる。また、相手からどういった扱いを受ければ正当なのかという指針を得る。たいへん、便利なものだ。

              ただここに問題がないこともない。それは人は基本的に、生き物として、そんなもの「社会化」で括られるほどの単純なものではないという事だ。つまり人は社会化の結果として、仮面(パーソナ)をつけないと生活できない。仮面というフィクションの上に立ってそれなりの演技をして人生を送っていくことになる。しかし。社会化とは人の精神衛生にとって非常に過酷な面がある。自分で自覚していても、いなくてもみんな、「自分で選び、また人に与えられた役割」を全うする事に結構無理をしている。そして、それなりの代価を払っているわけだ。パーソナにうまく詰め込め得なかった残りの部分の処置のことである。精神分析にはそういったレイヤー(積層)の探査が必要となる。

              パーソナというのは昔の西洋芝居で、実際に仮面という意味もあったそうだ。演技者達は仮面をつけることにより、あの役をやったり、この役になったりという事をしていたわけだ。それでカール ヨンさんもまた、パーソナに詰め込み得なかった部分の、その仮面の下、あるいは横はいったいどうなっているのかという事を考えてみた。斉藤道三はいくつもの仮面を使い分け、二重、三重の人生を生きた。しかし、考えてみるとそれらはこの場合、みんな男性性の人生である。どれも男としてやりたいことをやったということで、聞いていればなかなか、爽快である。 だが、ここで男はほんとうに男なのだろうかという疑問もある。そういった心理学の大きなテーマである、「性」について「社会化」ということの影響について、ヨンさんは色々考えたようだ。

              キリスト教の方では、男の骨を何本か抜いて、女が作られた事になっている。しかし、実際には、そして生物学的には胎児が男になる前は、みんな女だったそうだ。分化する前はみんな同じであったわけだ。太宰治の小説などではテーマとして、いかに男達が女々しいか、嫋々たるものか、人目ばかり気にして、自分の見かけ、評判ばっかり気にする小さな存在かがあつかわれている。「社会」でいわれる男らしさに、どうも足りない現実もあるようだ。つまり、誰から見ても100%男らしい男なんて、まあ、いないし、100%女らしい女も実際にはいない。ほとんどがグレー ゾーンのどこかに住んでいるわけだ。

              それでヨンさんがいうのは、この世に生まれた男達は、男として「社会化」されているけれど、実際には「女性性」の方は、今、そう生きていないだけで、コインの裏表のように、影として実在しているにちがいない。勿論、人は人をだますのも、自分をだますのも大変上手だから、あまり表に見えないかもしれない。筋肉自慢のマチョ マンに「君の女性的なところ」等と切り出したら、ブッ飛ばされるだろう。しかし、彼が夜、ひとりでしくしく泣いている場等では、素直に自分が「男らしいどころではない」事を認めるかもしれない。   

              これは女性も同じである。 蜘蛛ひとつ見て「きゃー」と大声を出していた若い娘が、数年後子供が出来、その子達に向こうから牛がつっこんできたりしたら、「なにごとじやー」と片手のげんこつで牛の一頭くらいぶち殺すかもしれない。男性性が女にも影として実在しているわけなのだ。英語では、女の子に見えないような活発な女の子の事を「tomboy」と呼ぶ。自分でまだ、自分が女の子であることを発見していないわけなのだろう。トムボーイは「かわいい」とか「あきれた」といった陽気な語彙であるが、同じような言葉の「sissy」が男の子に向けられる時は、語彙の陽気さは無くなるようだ。そこには同情心が消え、「あれはどうにかしないと」といった意味が増えてくる。つまり男の子には女の子のようなそぶりは、なかなか許されないわけだ。「かわいい」とは思ってもらえないのだ。

              ヨンさんは男達の影の女性性を「アニマ」、そして女達の影の男性性を「アニムス」と名付けている。命名なんぞどうでもいいけれど、人は自分をフルに生きていない、ある部分は隠して、また無いものとして、「社会性」のほうを優先して生きているのだと言っている。男は社会、家族の期待にそって、力強くあらねばならない。そのとき、彼の女性的な部分は無意識下に追いやられる。幕の裏の影の部分に掃きよせられる。こういったヨンさんの説の妥当性は知らないが、精神分析では隠されている性格として、あるいは本音として分析の対象となるそうだ。そうして、人々には隠されていて、生きてこなかった方の人生があるというのは、人生をテーマ、あるいは背景として洞察してきた作家や、アーテイスト達には昔から、自明の事と理解されていた事ともいう。

             

              ヴィンチ村のレオさんも(レオナルド ダ ヴィンチ)一説では同性愛者と疑われたとか、疑われなかったとかいう。それで来るべき仕事の依頼が来なかったり、失意の時代があったりとかもいう。まあ、だれも事実は知らないようだ。しかしあれから何百年もの時間が経ち、ルネッサンス時期よりももっと人間性というのがはっきり見えるようになった現代では、レオさんが同性愛者であったという疑いに対して人々の見方は変わったのではなかろうか。カール ヨンさんがいうように、芸術家だからこそ、彼の知性というか、直感が自分の「生きていない方の人生」に対して、同情あるいは理解を持ち得たわけだ。一枚、二枚の「パーソナ」だけで生きている普通人を、レオさんは不思議だと感じていたのかもしれない。

              「生きてこなかった方の人生」を知り、感じうる事は、人がゲイであることと何か根源的に違うようだ。いくら自分がたっぷりと男であっても、同じように感度の高い女性性を、隠れているものとして知っているかもしれない。知らぬフリ、あるいは蓋をする方が、小心というか、知性の欠如ともとれる。しかし自分の女性性を知る事は、女となってしまい男を求めるようになる事とは別の事であろう。自分の全体像を知る事と、異性になってみたいというのは同一ではないのだ。これはトムボーイが成長したのち、ほとんどがレスビアンとはならないというのと同じかもしれない。自分が女でかまわないわけだ。ただ、男の持っている機動性も気に入っているわけだ。

             

           そういったことで、周知のように、レオさんは「ジョコンダ」別名「モナリザ」を描いたとき、自分をモデルとして、自分の分身を描いてみたわけだ。プロとしてトレーニングをうけた人なら、モナリザをみたら、あれが女の体、および骨格ではないことはすぐに見分けられる。レオさんはこういった鑑賞者に対してトリックを仕掛ける時はいつも、どこかに解りやすいように、ヒントをのこした。イタリア ルネッサンスの時期、面白いおじさんがいたものである。

              (斎藤道三は舞の上手であったともいう。あれだけの男振りの者であれば、想像であるが、女踊りもなかなかのものであったかもしれない。)

 

 

              (解らない人は、僕の作ってみた絵解きを参照して下さい)