兵器というデザイン (プログラミングの話しです) 

 

 

走辺憲史

 

               デザインでは人の必要とする、あるいは必要としないあれこれを考え、何かを求めて追求行動をする。それは製品であったり、システムであったり、方法であったりする。そしてデザインのテーマは生活全般にわたり、家具、住居、都市、衣服,消しゴム、長靴、口紅、なんでもよいわけだ。なかでもレオナルド ダ ヴィンチは兵器、軍事システム、飛行機とか考えるのが好きだったようだ。別に人殺しとか、戦争が好きでなくても、兵器というデザインは出来る。この場合兵器とは銃とか、爆弾とか、狭い意味の兵器を考えているわけではない。また、軍艦、戦闘機に、戦車といった、普通の軍の装備を考えているわけではない。そのあたりは既存の兵器産業の人々が日々研鑽をつんでいることだろうから、そういった人々に任せておけばよい。彼らには彼らのロジックがあるのだろうから。

              防衛を,そして兵器をデザインとして考える場合、既存の手法、技術、思考、生産等、全部疑ってみる事からはじまる。戦争というと、なぜ殺人が伴うのか。戦争というと、なぜ人の肉体の、そして精神の破壊行為を考えるのか。殺人行為だけでなく、なぜ後遺症まで残るような事をするのか。そんなの無くてもいいではないか。戦争による破壊が好きな人はいないはずだ。破壊される方であったらもっと嫌いなはずだ。なぜ、戦争から破壊を取り除けないのか。破壊こそが戦争だと思い込んでいる人々が今もいるとすれば、その人達には、自己消去,精神の(リセット)をしていただかなければならない。

              長い昔には、部族と部族とが「どうも気に食わない」と戦争した。近代でも国と国、あるいは民族と民族が「どうも気に食わない」といった理由で戦争をする。片方が昼寝をしている時,平和ぼけしている時等に限って、「やったろか」というほうが攻めて来たりする。そんな時のため、攻めて来る敵兵の「攻撃心」を消してしまう薬を開発しておいたらどうだろうか。それを相手の飲んでいる水とか、吸っている空気に混ぜるとかする。相手にやる気がなくなれば、戦いは成り立たなくなる。つまり、[いやけ薬]を開発するわけだ。これは新しい風邪薬を作るより、もっと簡単だろう。兵士に「なんで俺たちは銃を持ち、人を殺すという野蛮な行為をしているのだろうと」、思わせるだけでいいわけだ。「いやけ」をもよおす薬だ。あるいは優しい心が突然芽を出して来て、「うちに帰ろう、母もまっていることだし」と思わせる。これは相手の兵士の母たちからも後でおおきく感謝される事だろう。

              そんな薬を攻撃心に燃えた敵国の政治家にもついでに飲ませてしまえば、戦争しようという法案も通らなくなり、実に便利だろう。あるいは老人性猜疑心に凝り固まってしまった政治家達に、精神緩和剤を飲ませてしまう。「もう、こんなきつい仕事は嫌だ」と、はやばやと政界から引退していただくような緩和剤を作るわけだ。それらも兵器のデザインとして考えると,デザインは実に面白い分野である。

              詳しくは憶えていないがマケドニア王であるアレキサンダー三世が東方遠征の最後にインドに達した時、兵の反乱にあった。兵達が郷愁にかられたとか、戦闘に疲労困憊していたとか、インド中心部の敵に恐れをなしていたとか色々言われている。一つの説ではインドは昔から、秘薬、たぶらかしの術、酩酊、精神誘導術で有名である。兵がインドに達したあたりからあれこれ誘導され、精神が解け崩れてしまったかなにかで、皆でそろって帰る事にしたという。それが本当なら、えらいではないか。さすがインド、よくやったといわねばならない。何と何をどう混ぜて、どう服用させたのかとか詳しく知りたいと思う。それとも食わせたローカルの食べ物がそれ自体ふしぎな効果をもつように設計されていたのであろうか。兵達はよく動き回るから、絶対喉が渇く。そのとき、このココナツミルクなんぞどう、、とうまく勧めたのであろうか。それともにこにこした美女達に上手にさしださせたのであろうか。ちなみに、アレキサンダー自身は女より男の方が趣味だったという。あるいは女達はありあまっていたから、飽きが来ていたのかもしれない。

 

           1960年代の頃にアメリカで流行っていた酩酊剤、あるいは薬物もずいぶん色々あった。ドラッグカルチャーの時代であった。コンセプトとしては、体の健康管理のために人は、ビタミン剤とか、カルシュームとかいろいろ採る。しかし、肝心のあまり動いていない脳みそのためには、何もしないのか、、、といった理屈であった。まあ、人は脳の能力が100あるとすると、その中の10も使っていないのではないか、それではもったいないではないかという考え方である。音楽を趣味、職業とする人達にとって、流されている音楽を100のうち10しか聞き取っていない、あるいは耳が聞いても頭が理解していないとすると、それは大変なハンデイキャップではないかという事だ。感覚、そしてそれの伸展を望む、サイエンス、音楽、アートの人々にとって、一度でよいから、本当に研ぎすまされた感覚というのを経験してみれば、つまり、ハイパー経験をしてみれば、なにか為になるであろうという理屈であった。

              その場合、酩酊物、エンハンサー(感覚補助剤)はケミカルでなくても、自然のものでもいろいろとあった。有名なのはタバコのように草の葉を収穫し、少し乾かして紙にまいてその煙を吸うという、マリワナである。タバコは基本的に労働者の吸うもので、体の疲れは少しごまかしてくれるかもしれないが、精神の疲れには逆効果で、どちらかというと「ダウナー」、つまり気分を落ち込ませる作用があると言われている。マリワナはダウナーではなく、精神を少しは明るくしてくれる、「アパー」だと言われていた。かっては、マリワナ所持,そして吸引は法律違反とされていたが、いまは多くの国で違反ではなくなった。がん患者の痛みを抑えるためとか、その薬事効果も認められた。今自分の住んでいるワシントン州でも、正式に店で売られている。タバコやアルコールのように常習したくなる中毒性もないとされている。マリワナは友人達の間で、よく廻し飲みなどされていた。自分も若い頃つきあいで吸った事があるが、どうも体にあわなかったようだ。あまり楽しくもならなかったし、酩酊もしなかった。只、喉がごほごほとする、水が飲みたくなる、腹が減ったようで、何か食いたくなるという効果はあった。それで、自分で金をだしてマリワナを買った事は無い。吸う事により頭がボーとするのは,場合によれば愉快なものではなくて,かえって不愉快にもなるものだ。マリワナの効果というのは短く、30分、一時間で消えるようだ。

              その他、自然のものとしてポピュラーだったのは、メキシコの森に自然に生えているペヨーテというキノコである。まちがえて毒キノコを食ったら大変な事になるだろうが、正しいキノコを見つける事が出来たら、(現地人に聞けばよいだけの事らしいが)けっこういいものらしい。料理などしないでそのままちぎって食うだけだという。それだけで顔にほお笑みがあふれだし、「この世もくだらない所だけど、生きていてよかったなあ、、」と楽しい事がどんどん頭に浮かんで来て,非常に物事が肯定的に見えるそうだ。酩酊物というより愉快なアパーらしい。自分の友人の一人に旅行業者がいて、彼の楽しみはタヒチとか、世界の保養地に特別料金で行く事ではなくて、キノコのシーズンになると、メキシコの森にこもることであった。にこにこしてその話しをしていた。ペヨーテが本当に好きであったようだ。自分ももらってすこし齧った事がある。味は何も無く、量が足りなかったのか、あまり効果はなかった。そのペヨーテの成分を科学的に再現したシロサイベンという薬物があったが、それは実験したことがない。

              これは兵器の話しをしているのであって、自分のドラッグ体験の話しではないのであるが、精神に作用する薬として、もう一つぜひ述べねばならないものがある。それはLSDだ。自分は LSD は結構よいと思った。これは透明で無味無臭のものだ。紙に5.6ミリ位の点になるように垂らしてあった。その一点が一回分という事らしかったが、自分は1/4くらいしか一時に飲んだことはない。それだけで、2時間くらい十分効果があった。音楽等の音に非常に敏感となり、はじめて曲の意味を理解したような気になったりした。部屋の壁のシミや割れ目を見て、それだけでなにか高級な美術品をみているように思えたりした。一番大きな効果は人の持つ攻撃性が緩和されるといったことではなかろうか。当時の言い方で「メロー ダウン」といっていた。穏やかになるという意味である。 LSDなどの薬は精神が不安定な人がやると、非常に悪効果であり危険もあるらしい。つまり、落ち込みが増幅される可能性があるわけだ。しかし、うまくいくとその効果はすばらしいといえる。例えば、戦場で上官が「さあ突撃だあ」と叫んだら、兵全体が「あらそう、突撃なの」と全員が腹をかかえて笑い出す、、といった薬なのだ。つまり非常に面白い可能性を秘めている。

              日露戦争のときにロシアの太平洋艦隊、およびバルチック艦隊に 日本が勝つ事が出来たのは兵の練度とか、指揮、作戦の成功だけではなく、下瀬火薬のおかげが大きかったという。これは敵艦の厚い装甲を貫くのは始めからあきらめて、艦のどこかに当たれば高熱でその辺りを溶かしてしまうという別コンセプトの火薬であったらしい。艦が火の海になれば、誰だって戦争どころではなくなる。やけどするのはたまらないから、海に飛び込むより仕方ないわけだ。これはあくまで火薬の種類であるが、結局勝利といったものはそういったコンセプトによる勝利というのが最も正しいのではなかろうか。

              自然界の虎とかライオンなどの大型肉食獣は、速い足と、鋭い牙で相手を倒す。しかし彼らも勝てない、あるいは苦手とする、小動物がいる。スカンクだ。スカンクは狸ほどの大きさしかないし、よちよち歩き、見たところ頼りない動物だ。しかし、お尻に液を吹き飛ばす穴を二つ持っている。たったそれだけだ。しかしそこから出る猛烈に臭い液を振りかけられると、その不愉快さに、虎でも急いで逃げていくそうだ。犬だったらしばらく気が狂うそうだ。スカンクはその強烈な匂いを自分では何にも感じないそうだ。自分は、痛くもかゆくも、臭くもないという。相手は無事逃げて行き、その上、相手に何も後に残る傷は与えていない。えらいものである。人もスカンクほどの知恵を持たねばならない。

              敵が何億かけて戦車を新しくしたと聞いて、ではこちらも同じ位の予算で戦車を新調しようと言うのは賢明ではない。プロの軍人達のよく陥る罠である。少しばかりのコストで、どんな戦車に対しても貫通能力のある手持ちミサイルを必要なだけ買う方がえらい。小さな予算で大予算に勝ってしまう方が偉いわけだ。値段の高い重戦車より、モーターサイクル部隊が手持ちのミサイルを持っている方が動きがはるかに楽である。しかし、こういった、敵を殺したり、焼いたりして闘争に勝つのはもう時代遅れだ。それより、しばらくの間だけ相手のやる気をそいでしまう方がもっとよい。むかし人々が兵器だと思っていた、刀、斧、弓とか、いまはもう博物館でしかみる事が出来なくなっている。ミサイル、爆弾、戦車、軍艦、そんな物はもう、博物館に送ろう。そこで昔の野蛮な時代の記念品として、管理してもらおう。

              宗教による不和、民族闘争、イスラエル パレスチナ問題。そこには親が子供達にくりかえし教え込んだ、憎しみの連鎖がある。これらは火器では燃え尽くせない。中和出来ない。しゃもじで叩き合っても記憶は消えない。答えはひとつ位しかない。健忘症になる薬だ。これを飲ませてしまえばよい。つまり都合の良いアルツハイマー病を、しばらく起こさせればよい。その為にはアルツハイマー病は、詳しく研究されねばならない。兵器としてである。まず少し忘れてもらわなければ、次の新鮮な情報の差し込みようがないわけだ。まず、『Delete』 なのだ。引き算だ。人というのは、実に厄介で不都合に出来ている生き物だ。こだわり、憎しみ、間違った情報、へんな確信で、世界を不安にさせている。個人の憎しみが世界の憎しみとなり、世界を不安にさせている。こんな人類というしょうもないものを作ってしまった神がいるのなら、そんな神はすぐに引退していただくべきだろう。資格剥奪とか、罰金とかなんらかの罪を背負っていただくべきだろう。

              昔レオナルドが考えたくらいの兵器は,今の時代すでに出回っている。火器集団である日本国自衛隊も、もう装備を変えるべきだろう。コンセプトを変えるべきだ。火器に火器はつまらない。いらなくなった潜水艦は、僕にひとつください。あれは遊びによさそうだ。

              どちらにしろ、血を見る戦いはもういらない。闘争しない事が存続の鍵となる時代が来ている。核兵器など火器の威力はすでに際限を超している。 色々な精神安定剤、精神浄化剤、スーパー鎮静剤、健忘推進剤、笑い薬など研究してみよう。勿論そういったものがどう使われるべきかというルールも必要だろう。なにしろ兵器なのだ。「加齢ライス」という食べ物はどうだろうか。 若い兵も 一週間だけ年寄りになり、あくびばかりしている役立たずのなまけものになるわけだ。「モレル」という胃薬はどうだろうか。これは悪い胃をなおす薬でなくて、健康な胃をたれながしの病人にしてしまう。もれっぱなしになるので、忙しくて戦闘等出来なくなるわけだ。

              戦わないで、笑ってすませる薬、それは家の裏に生えているキノコかもしれない。「笑い茸」はもうすでにあるという。辞書に出ている。それにすこし手を加えてみるか。