ルート66 

 

走辺憲史

 

 

              昭和何年の頃だったか、たしかテレビはまだ白黒だった。それでも洋物のシリーズ版が流されていて、『ルート66』というのを毎週やっていた。何かエリート校を卒業したらしい若い男二人が、コルベットのオープンカーでアメリカの西部と東部を横断するハイウエイ(フリーウエイ/高速ではない)にのりゆっくり、のんびり旅を続けるといった設定であった。人生がフルに始まる前に、すこし色々見ておきたいとかいったぐあいだったのだろうか。一人はなにかポテトのような,ふつうの親しみやすいアメリカンボーイ、もうひとりはダークヘアーの大変ハンサムな男。俳優はポテトのほうがマイケル トッド、そしてハンサムのほうがジョージ マハリスとかいった。二人が田舎の町にたちより、かわいそうな娘に遭遇したりとかいった話で、毎週、面白くみていた。水戸黄門のストーリーのように何も解決が示されるわけではなく、ほろ苦かったり、悲しかったり、世の中ってそんなもんよ、、といった設定だった。

              その後、何かの都合で自分はアメリカで生活するようになった。まだ十八歳だった自分は、偶然住んでいた街のわが家,アパートであるが、を出たあたりが、ルート66というのに気がついた。たしか、通学するのもルート66の上ではなかったか。大学に通いながら、自分も車の免許をとった。はじめは50ccのモーターサイクル。そしてそのうちおんぼろ中古車を手に入れた。それに乗り一人でその町の外にも 出る事が出来るようになった。慣れない外国生活のなか,ふらふら 用も無い道を走るのは、自分にとって必要であり、何やら救いとなっていた。その頃、ガソリンは1ギャロン(4リットル) 25セントくらいだったと思う。少々走っても気になる値段ではなかった。知らぬ間に,砂漠の向こうが何かにぎやかではないかと思ったら、その町はラスベガスといったぐあいだった。

              そういった事情で、ルート66とはかなり親しくなってしまった。親しくはなったが、それは実際にはかなり不思議な景色で構成されている世界でもあった。かってコルベットで屋根を降ろし青空の下を疾走していたアメリカ街道は、もうさびれた裏街道となっていた。

「ロスアンゼルスはいわば安手の映画のセットのように拙速にでっちあげられた街ね、、、」と多くの人がコメントしている。ルート66はそれをタイムマシンにかけ、突然老化させたようなものだった。惨めさを、長い線上にばらまいてみたような具合でもある。フェリーニ映画のあのフェイク具合を、つまりわざとらしい偽物っぽさ、それを悪いゆめのようにおわりなく繰り返してみせているようでもある。いわば左右のちぎれた映画のスクリーンではなく、左右をえらく延ばしてみた何千マイル幅のスクリーンだ。それがルート66の現状であり、身の上だった。

              アメリカでは街は消耗品である。使われなくなったらゴミである。ごみに目を向ける人は無い。街は新しい場所に新しく設定するほうが安い。そのほうが街も綺麗だし、広いし、家々の売れゆきもよい。新しい街に行くには新しいフリーウエイが出来、ルート66は、多くの部分でもういらないものとなった。不思議なもので、いらなくなった道路には、いらなくなったような人々が行き交い、たむろする。路上の車もなにか古くさいし、トラックも古い。街角に立つ女達も、またそのトラック達より古い。つまりばあさんだ。太っていて、雑で、口の悪いばあさんたちだ。巨乳、ウエスト無しの女達だ。たまに通るトラック野郎達をつかまえるのか。それともつかまえなくてもやっていけるのか。道に残されている看板も何十年前かの値段を示している。家庭用プールは何ドルで作ります、、といったぐあいだ。街道は砂漠に消えている部分もあれば、まだ教会とか、ピッツア屋、洗車、バー、とか、残っている部分もある。パームツリーの並木になっている部分もある。

              その頃から自分は街道にモーテルをみかけたら、出来るだけ記録するようになった。

モーテルとは人が金を払って寝る所だ。モーターホテルの略だ。車の中になにやら大切な物が入っているから、車は部屋の真ん前に止めないと気分がわるい。安心出来ないのだ。その場合、安宿だと、車のしめるスペースのほうが、お泊まりのスーペースよりえてして広くなってしまう。つまり目のバランスのうえで、人スペースは車スペースに隷属し、人が尊敬を受けているというメッセージが消えてしまう。車を安んじて泊めるために金は払われ、人々はその車様達のそばで仮眠をする。モーテルは安普請で、出来るだけ派手にして、大きく見せ、夕方あたりにもっとも目立つように、電飾をする。よそのモーテルと比べられるのを避けるために、街にはいるまえの一番先頭がよい。それは町に南から入ろうと北から入ろうと理屈はおなじだ。それに少し外れたほうが地価もやすい。色は出来るだけ下品にする。ここは値は高くはないぞという確約をするためだ。安心感が大切だ。そのための色具合だ。

              またルート66の場合絶対必要なのはプールだ。モーテルがコの字のレイアウトとすると、その真ん中には必ずプールがくる。街道からそれが見えなければ、無いのも同じだ。エアーコンも窓毎につける。全館同時というのはトラブルの元だ。全館同時に客が入るというのは特別のシーズン意外にないだろうし、人々は同じ温度設定で眠れるはずはないからだ。

モーテルははやらないまま古くなるとどうなるか。日毎の賃貸はあきらめて、だんだん、長期客相手の、老人、ドロップアウト、逃亡者、仕事嫌い達、等等の宿舎となる。一カ所に定住ということを生まれて以来、誰にも示された事の無い人々の住処ともなる。

              浮浪者と日本語で云うと全然イメージがちがう。トランシエントというのがもっとふさわしい。いつも動いている人とかいったイメージだ。楽しそうにさえ聞こえる。ドロップアウトというのはかって成功者だった人たちの感じだ。著名な科学者であったり、成功した不動産屋であったり、細くて美しいモデルであったりとかする。それが、いちぬけたで、浮遊をはじめたわけだ。男にだまされ、今も浮遊している女達というのもあるのではないか。またそれらを顧客とするドラッグデイーラーもいるわけだ。ルート66はそういったカルチャアに対面できる場でもあった。

 

              かって日本にも、くぐつさん、さんかさん、山師さん、かぶきさん、すたすた坊主さん、

てんぐさん、子連れオオカミさん等、トランシエントが色々いたのだ。

皆が既存の体制で安眠できるわけではない。このあたり別の機会にもっとみてみたい。