シンプル ライフ(投げ入れ その三)  走辺憲史

 

 


 昨日、カリフォルニアから家に帰ってきた。ここワシントン州から行くと、片道でまあ、二日かかる。時速75マイル(120キロ)で走って16時間くらいかかるから、途中で一泊したくなる。学生時代のころはロスアンゼルスからカナダのバンクーバーまで、トイレ、食事以外は休まないで24時間位ぶっつづけて運転して行ったりしていた。もうそれはだめだ。

 カリフォルニアで何をしていたかというと、茶室を組んできた。茶室というのは普通。作るもので、あるいは建てるもので、組むものではないと思うが、組んできたのだ。四日かかった。茶室の多くにはその写しというものがあるようだ。特に著名な茶室であれば、まったくそのとおりのものを作っておき、オリジナルが消失、破壊されたりした場合、それとそっくり同じ物が、そして同じように年月を経たものが、他の町などにあり、それを移築すれば、再起が簡単なわけだ。また、ある場合には、オリジナル意外に、移動展示ようにコピーされたりする。今回はその展示コピーの場合であった。そのコピーがアルゼンチンその他の世界の他の都市で展示されたらしい。それが世界を回った後、カリフォルニアで何十年か保管されていたらしい。

 問題はその制作者そして組み立ての担当者が高齢で亡、くなり、その茶室のばらばらになったパーツが13ばかりのおおきな木箱に詰められていたわけだ。それで、何をどういう順番で、どうやって組むかが解説も、組み立ての順を示した写真もないまま、置かれていた訳だ。これは家具屋から自分で組むようになった机、いすを買ってきて組むより大変だ。例えばねじが30あっても、そのねじがどこに行くのかが見当がつかないわけだ。

 まえに展示されていたときの写真はあった。それは完成図だけである。戸外の展示で覆い屋

がついている。覆い屋の外からの写真だから、その下がどうなっているのかよくわからない。

オリジナルの茶室の写真も何枚かあった。しかし、コピーはかなり違う作り方をされている。

みかけは似せてあっても、壁が塗りの壁ではなくて、パネル式だから仕方ないわけだ。実際に

組んでみなければ、どうなっているのかわからない事だらけである。こういった仕事は、時間

を提示してするのは難しい。しかし、クライアント側も予算を不定のままでは、やってみよう

かとは言えない。

 この茶室の話は何年か前に我々にもたらされていた。はじめは茶室用の庭を作る話から始ま

った。土地はいくらでもあるから。まず竹やぶでも造り、周りを砂利敷きにしようと思った。

30メートル 40メートル位のサイズである。そしそしてその周りを回廊で囲み、回廊の一

部を深くして、そこに実際は当時ふたつあった別の茶室も組み込もうと思っていた。茶室の覆

い屋を回廊に組み込む訳である。カリカリフォルニアの太陽もきついから、どうしても覆い屋

は必要であった。そしてどうしても熱い時は回廊の一部ではなくて、茶室の部分が部屋として

変えられるように、屋根からガラス戸が降りてきて封鎖出来るようにと考えた。冷房のためだ。

回廊の柱と柱の間に引き戸等は見たくなかった訳だ。そういった内容で設計図を描き、構造計

算も済ませた。建築許可の申請書類まで作った。

 しかし、その後進展はなかった。結局、市の方に提出しなかったようだ。予算がそこまでつ

かなかったのだ。こちらもそのあたりは気を使い、出来るだけシンプルな工法をと考えていた

のだ。これが実現しなかったのは残念であった。

 それで今回の話で、今ある建物の中にどうにか入れる事は出来ないかという事であった。建

物の天井を1メートルばかり上げたら可能だろうと、検討した。しかし屋根がトラス構造だっ

たので、トラスを部分的に切るのは結構大変である。エンジニアと話し合ったが、室内に新し

いコンクリの基礎を作ったり、見えないように梁をいれたり大変である。つまりやすくはない

工事となる。それなら茶室を変えるのを検討するかと軽い気持ちで一度現場に行ってきた。

 それで、原寸をいろいろ計ってみて、要するに「屋根を半分 ちぎればいいのね」と思えた。

問題は全体の釣り合いであり。屋根をちぎるのなら床もすこし落とそうかと思った。思うのは

簡単だがさてどうやるかと、家に帰ってきて時々考えた。自分は性格的にかなり気楽なところ

があるので、仕事上は「安請け合い」をしないようにいつも気をつけている。しかしまあ、出

来ない事はないだろうと思った。問題はどのくらいの費用なら受ける事が出来るのかというこ

とだ。あちらも予算は限られているようだし、まあ、四日分くらいの費用はもてますかと言っ

て、その程度でやってみることにした。ヘルパーは何人でも出すという事だ。大工はいないよ

うだ。それにいてもアメリカの大工ではいないほうがいいかもしれない。半分遊びで受ける事

にした。ゲームである。

 うちにトラックもあるけれど、それで工具全部積んで行くのはいやだったからホンダのシビ

ックで行く事にした。ガソリン代が三分の一くらいですむ。カンナ二本と鑿六本くらいとかは

入れておいた。その他電気工具あれこれである。その他、妻までついて行くという。

 行ったら、茶室のパーツの主な部分はもう部屋に運び込んであった。まず床を20センチば

かり落とす事から始めた。しかし、元々、床をどう支えていたのかもわからない。それに床と

壁がどうつないであったのかも全然不明である。壁パネルは、はしご型に木を組みその上にう

すい合板をはり特殊塗料で砂壁のように仕上げてある。そのパネルのネジ穴を探して行くのだ

がそれがほとんどないのだ。どうつないであったのだろうか。もうはじめからパズルである。

ボランテイアのおじさん達が自分の顔を「どうしますねん」と見ている。

 前にチェックした時は。柱が4.5本足りないようだった。これこれも困る。仮の丸い柱を

緊急の場合かりに入れておいて、あとで日本から取り寄せるとでもするより仕方ない。あれや

これやで工事が始まった。自分以外にヘルパー三人という事で動き始めた。やりはじめて気が

ついたのだが、結局ヘルパーはいるけれど、やはり大工はいないという現実だ。切るのも、千

切るのも、ばらすのも、けずるのも、全部自分しかいなかった。長年箱の中に入っていた木々

はあちこち伸びたり縮んだりしていてぴたりとはあわない。鉋仕事である。鑿で掘ったりもす

る。自分は大工として行ったのではなくて、普通は監督だけする人よ、といってももう遅い。

やってやるより仕方ない。

 まあ、そういったことで、四日間無理して大工をやったら組み立て、縮小工事が出来た。こ

れはまだ最終ではなくて、元々の屋根の仕上げがあまり良くなかったのでできたらもう一度行

って新しく屋根を葺き替えたいと思っている。

 

 ここまでの写真を入れます。茶室はやはりあそびであり、作る方も遊びとしてあれこれやっ

てみるという事でしょうか。今回はまったくゲームでした。

 

 根本にかえって、なにもカリフォルニアで、日本の数寄屋造りをする事もないだろうという

のは、前二回の「投入れ」で申したとおりなのですが、外国に住む日本人達にとっては、一時

の休息というか、気を休めることにもなることであり、また、日系の何世かの人たちにとり、

こういった日本人の手作りのようなものをたまに見る事が出来るのは。自分達のしらぬ家族の

故郷をとおく見るような気にもなり、それなりの意味があるかもしれぬと思います。茶の精神

を主とすれば、なにも数寄屋にこだわる事はなんにもないわけです。カリフォルニア質素とは

何か追求するほうが理にかなっているわけです。現代の簡素とは何かと考えていくほうが面白

いわけです。