シンプル ライフ(投げ入れ その 4

 

走辺憲史

 

              簡素とは

              家も食べ物も着るものも簡素な事であります

              富や世などに引かれる人を

              笑いもせず

              怒りもしない事であります

 

              これは 草野天平の詩の抜き書きだ。草野心平だろうとおもって読んでいたのだが、なにやら内容が違う。これは名前の印刷ミスかと思ったら、そうではなくて草野心平の弟だそうだ。弟の事は知らなかった。シンプルライフというのを「簡単な生活」と和訳すると、なにか意味がずれるようだ。簡単な生活とは、引きこもりとか、刑務所での生活とか、酒浸りとか、なにもしない生活が想像される。なにもしないで一日ぼんやり怠けているのがシンプルライフというわけでもないので、シンプルライフとは草野天平さんの言うような「簡素」な生活というほうがぴったりする。そしてこれは「茶」のテーマである。贅としてやるのではない、本質的な方の「茶」のテーマである。

              この「簡素な生活」というのはしかし、実際にどうやるのだろうか。たいへん難しく見える。普通に生活している人々にも、はい税金を払いなさい、電話代を払いなさい、何々の会員になりなさい、電気代もあるでよ、、と郵便受けにたくさん知らせがくる。田舎で大根だけ作っている生活なら、まあ、それに近い生活が出来るかもしれないが、今は都会生活者のほうが数では多い。毎朝、毎夜、通勤している給与生活者には、どう簡素な生活というのを実行するのか。バス、電車を乗り換え会社に何時までに着くまでの行程、それだけでもとても簡素とはいえないだろう。会社ではとても簡素とは言えない人間関係があり、仕事も電話、コンピューターでベトナムや、ミャンマーと何やら雑事を繰り返しているのかもしれない。この時代、日本の外のどんなアフリカの僻地だって、ちゃんと教育や税金の知らせ等はくるらしい。ロビンソンクルーソーの時代であれば、どこに漂流するのも勝手だったようだが、今は世界中どこの港に舟をいれようとしても、すぐに税関も飛んでくるだろうし、入港許可証とか、入港費は1000ドルね、、と手を差し出してくる。パスポート見せて、「あっ、シリアから、だめだわ」とか言われるだろう。何しろ地球ぐるめで騒々しいのである。

              現代は物ずくめの時代だ。生活を一人、二人で簡素化するのは大変である。携帯電話は海にでも捨てなさいというのは、自分一人なら出来ない事はないだろうけど、家族の者がそれでは緊急の時、連絡出来なくて不便だと怒るだろう。それで携帯電話はキープして、車も、家も、一番簡素なものを選ぶとする。クレジットカードも一枚だけにする。しかし、女房、子供まで、どう簡素にするか。簡素な女房なんているのだろうか。簡素なこどもなんて絶対いないだろう。犬一匹飼っていても、犬の医療保険を払いなさいとかいうことになる。犬も健康診断に行くのだ。安くないのだ。犬の老後の養老院まで心配しなくてはいけないご時世である。

              簡素な食べ物、簡素な着るものをやってみようというのも楽ではない。たまにはイタリアンも喰いたいし、毎日漬け物とごはんだけでは、医者から、この漬け物は塩分とり過ぎですとか、これでは「体が保ちません、ちじみまっせ、、」とかいわれるだろう。仕方ないから、簡素なイタリアンにしてパスタをオリーブオイルと塩パラパラだけでくってみればやはり、どうも物足りない。ワインとかビールとかおいしいのもあるなあ、何々ソースをかけたらもっとおいしいなと思い出してしまう。人は変化を望む動物のようだ。簡素には変化は含まれないようで、コンサートに行きたいとか、あの本をぜひ買おうとか、今度の海外旅行はグアムね、というのは「簡素プログラム」には入らないようだ。

              着るものだって、春夏秋冬、簡素に同じ物を着ていたら、これはずいぶん目立つだろう。昔の西洋の修道僧のように年中ウールの毛布をかぶっているだけではやはりかなり臭くなるだろう。昔の修道僧というのは下着のパンツはいったい何枚くらいもっていたのだろうか。あの毛布の下にはコットンの Tシャツなんてなかったはずだから、下着は無しだったのか。もしかしたら、パンツも無しだったのか。 ウールの下着パンツだったら、あのあたりがずいぶんイガイガするぜ。映画ではローマ人、ギリシャ人が、優雅な白い服装で出てくるが当時コットンは輸入品であり、インド、ペルシャあたりから来ていたらしい。エジプトでも生産は限られていたようだ.麻、ジュートはあったという。シルクなどは超高級品だったようだ。とても映画のようにはいってなかったのではないか。そして、ヨーロッパ中世はもっぱら羊の毛であったようだ。反対に日本カルチャーで考えて一年中、浴衣と下駄だけで過ごすとすると、間違いなく、もう会社には来ないでくださいと言われるだろう。現代社会の同一化もきびしいのだ。

浴衣にネクタイ垂らしてもそぐわないのだ。

             

              こういった外面の事ばかりではなくて、心の内部の簡素化などというのは、まあほとんど不可能の地域にはいるのではないか。だるまのように石の上に何年座ろうと、われわれ俗物は、腰が痛くなるだけで、中身は何も変わらないだろう。禅僧が長い修行をして「悟り」を開くという。開くのは勝手だが、「悟り」というものの有効期限というのはいくらくらいあるのか。悟ったといっても、次の日の朝まで、保つものなのだろうか。悟りというのは言語理解ではなくて、もっと総合的理解らしい。しかし具体的に今日から、手足が軽くなったとか、太陽がもっと眩しくなったとかいったものではないようだ。そうではなくて、今までの夜が終わり、なにやら朝が来たといったようなものらしい。おぼろで見えなかったものが見えるようになったという事だろうか。

           スポーツ選手等も、ある日突然「ああ、野球の球はこう投げればいいのか」「スケートはこう滑ればよいのか」と悟りを開く。しかし、何日かすれば、あの時の理解は何だったのだろうかと、また迷いの始めに逆戻りしたりするようだ。そういった運動上の理解以上に、総合的理解あるいは「悟り」というのはもっと脆いものではないのだろうか。齢三十で禅的に悟って、それが60まで有効であったなどとは、なかなか信じ難い。禅について書いてある本もあれこれ読んでみた。しかしどこにも、「悟り」の有効期限などと書いていない。もしも有効期限がただの一日、ふつかだったら、十年座禅する意味がありますか。座禅も間違った目的のための、間違った方法かもしれないのだ。もしもそうなら、十年の座禅に入る前に言っていただきたい。十年というのはかげろうの生に比べれば、ずいぶん長いのだ。

              勿論「悟り」が目的ではなくて、禅では座るだけで意味があるという人もいる。「悟り」の禅というのは、西洋人の聞き間違いではないかという意見もあるようだ。それはうちでは、扱っていないというわけだ。それなら別に黒い服を着て、寒い禅堂のなかに頭を丸めて座る事もないだろう。もっと簡素に、普通のまま、自分の部屋でそのまま柱にでももたれて座ってみればよい。わざわざスタイルから入る事もないだろう。スタイルから入るのは金持ちのぼんぼんのテニスであり、彼らのスキーである。ぼんぼんのスキー、テニスなども何回かやれば、自分達がどうも上達しないのがわかり、買ってきた道具もそのうち家から消えて行く。お嬢さん達のピアノと同じだ。才能の限界を知るにはそんなに時間はかからないのだ。

              「悟り」というのはコンセプトとして、実にわかりにくい。それは禅関係の人たちの提示の仕方に問題があるのかもしれない。あるきっかけで突然ある人が「悟り」、人生が別のものとして開けてきたといった提示をするからだ。本当は少し違うものかもしれぬ。流行歌手がある時、「津軽海峡冬景色」という歌を歌い、大ヒットする。そしてその後、その時のヒットはその人の経歴としてずっと付いて回る。そういった意味かもしれない。それならわかりやすい。一度あった経歴の話で持続性の話ではないからだ。人生の終わりまで「津軽海峡冬景色」といった大パワー/ヒットが連続していたという提示ではないからだ。

             

              坂口安吾の小文に「枯淡の風格を排す」というのがある。「枯淡?」そんなものを認める事ができるかといった内容の文章である。人の本性は物質、性の欲であり、死生の葛藤であり、自らの悩みの批判的精神を黙殺する以外に「枯淡の風格」なんぞ出来るものではない。自己批判から完全に目を覆うたあたりで「人間」が出来たふりをするのは見苦しい。毒々しい、と言っている。年齢等に関係なく、人は最後まで、騙し騙され、現世のあれこれ、己の思い込み, 欲に振り回されるのが自然だろう、といったような事を述べている。まあ、そういったものではないかと思われる。修行で自分の感覚の多くを麻痺させてしまわないかぎり、凡俗の精神はたいして変わるものではないだろうと言っている。坂口安吾は、人の世の表の現象をそのまま認めない。小説家でも大変ジャーナリスチックというか、どうも裏が見えてしまうようだ。あるいは、裏が見えるから作家なのだと言っているのかもしれない。坂口安吾は「枯淡」のふりしている人たちが不思議なのだ。「ごまかしてはいかんぜ」と言っている。

              坂口安吾の言うように、自己批判能力を捨て切ってしまわない限り「悟り」というのはあり得ないのではないかという気もする。いくら悟りきったような坊主でも、罵倒されれば悔しいだろうし、けっとばされれば痛いだろう。火をつけられれば熱いだろう。火をつけられても「まあ、よろし」とするのが悟りだろうか。いくら偉い坊主でも歯が痛い時は痛いだろう。麻酔無しに歯の手術を受ける事が出来るのか。無理しても脂汗がでるだろう。それなら無理をする事はない。痛いのなら麻酔をすればよい。

              禅僧仙厓は「死ぬのは怖い」と言ってまわりをおどろかせたそうである。衆に尊敬されている大坊主でもそんな事をいうのかと驚かせた訳だ。というか、本気だったのだろう。悟りと自己麻痺と、どう違うのだろうか。自己暗示で自分を変えてしまえば、死も怖くないだろうし、痛みも消えるものかもしれない。しかし自己暗示は悟りとは違うもののように見える。悟ろうと、悟るまいと、人は愚痴な生き物で、人生の最後まで不安の上塗りを重ねていくのではなかろうか。生き物としての感覚がある限り、人は、感情のぶれ、不安、いらだち、不愉快等と一生つき合う事になっているのではないか。夏目漱石の憧れたという「即天私去」というのも、憧れたてはみたが、「私去」という部分がいわば妄想でしかないというのが現実であったのだろう。いわば、無い物ねだりである。

              簡素というのはかくも難しい。自分が子供の頃、家に帰ったら祖母が裏の畑に行き、なすをとってきて、焼きなすを作ってくれた。キュウリをとってきて、キュウリもみを作ってくれた。子供の頃にはそういった生活があった。よその家にも同じような生活があった。漁師から売り物にならない小魚を分けてもらい、それを焼いたり、煮付けたりして喰っていた。一人の人間の時間のほん少し前の事だ。昔といっても、たいして昔ではない。ただ、そういった田舎の生活を懐かしんでいるのは、自分がたぶん子供であったからで、大人達はやはり、明日の生活や、作物の実り具合、漁の善し悪し、日々不安とともに生きていたのだろう。別に簡素な生活を望んでいた訳ではなくて、物質的にそれ以上の生活は無理だったのだろう。そして、子供たちには心配かけないように、平穏にふるまっていたのだろう。村の日々はおだやかに見えた。

           そういった村の百姓や漁師には、ただ体を使って生きているという強みがある。肉体労働者なのだ。体を使って生きていると、一日の終わりにはもう、疲れて、ぐったりしていて、夜は何も考えず本気で眠る事が出来る。簡素な生活というのはそのあたりの事情が大きな条件としてあるのではないか。禅の悟りでもなく、「茶」の気取りでもなく、土の上で生きている人間には、「疲れた、寝るぜ」という簡素さが与えられているわけだ。眠くなったら、もう体が保たないので、横になる。そうしたら、もう寝入っている。そしてよく寝た次の日の朝は、もう何もかも回復していて、いっぱいの茶を飲む暇もなく、また元気で, 野に出かけていく。禅院でも同じように作務を厳しくして、百姓の生活に近いプログラムが組まれているようだ。心の健康のためだろう。

              夜眠れなくて、苦しんでいるのはやはり現代人の病の根源だ。夜、寝床の中でのたうちながら「簡素な生活」とはなんだろうと頭の中で繰り返している現代人の夜はつらい。生の消耗という事だろう。バッテリーの内部出火みたいなものだろう。